拭き漆の世界

拭き漆の世界

漆の語源

漆は端正な美への表現「麗しい」、そして周辺を「潤す」が語源とも言われ、外国では漆器は「japan」と呼ばれています。JAPANは日本の国名ですが、一方でjapanと全てを小文字にして「漆を塗った器」つまり「漆器」という意味でも使います。

17世紀頃から使われるようになった用法で、日本から西洋に伝わった漆器が美しかったために付けられたのでしょう。
ちなみにライバルの陶磁器は「china」です。

 

漆の歴史

漆の歴史は古く、石器時代の木刀にも漆が使われていたとも言われていますが、自然発生的に漆の樹液の使い道が広がっていったようです。塗料として用いられるようになったのは縄文時代からです。

最も古い漆製品は福井県の鳥塚貝塚から出土された縄文時代前期のものです。木に漆を塗った櫛が約5500年経った今、風化もされずに発見され漆の強さを証明しています。

 

またこの画像は青森県是川遺跡で発掘された縄文時代後期の漆器と装飾品です。

古墳時代に入ると棺の内側に漆を塗ったり、武士が登場してくると鎧や刀の鞘にも漆が使われてきました。鎌倉時代には現代と同じ漆器が普段使いされています。

太古の昔から漆の特性が認識されその発展の歴史はめんめんと現代に繋がっていると言えます。

 

天然素材

漆(Japanese Lacquer)は天然樹脂塗料のひとつです。
地球がプレゼントしてくれた天然素材であり、地球にやさしい塗料とも言えます。

原産地は日本・中国・ベトナムなどアジアの特定な地域に限られています。

 

 
漆の採取方法はウルシ科の樹木・ウルシの表皮に切り傷をつけると、傷口から乳白色の樹脂を分泌します。
人が傷を負ったときにカサブタができて出血を止めるのと同じような理屈で、漆の木も傷を負うとその傷を塞ごうとし、漆の液を出し空気中から酸素を取り込んで硬化させます。その樹液を掻いたものが生漆です。

自然界の摂理でその生漆を他の木地に塗ると、伐採・加工されてから相当の年月が経っていても傷口を塞ごうとしてどんどん吸収されます。塗られた木地は空気中から湿気と酸素を取り込んで硬化します。
この過程を木地固めといって他の塗装方法には無い工程が漆塗りの出発点となります。

 

通常、一般的な塗料を乾燥させるためには溶剤を揮発させなければなりません。いわゆるシンナーや有機溶剤、水分を空気中に発散して皮膜を表面に残します。
絵の具を塗るのはPainting、自動車の塗装はCoating、と言います。

 

漆器の美しさ

漆には器を美しく輝かせるだけではなく、木材を湿気やカビから守り、器を保護する役目もあります。また殺菌効果があり、保湿性や断熱性に優れていますので、お椀や重箱など食器に多く用いられてきました。

 

化学的な特性は、塗面が耐水性・耐熱性・耐酸性・耐アルカリ性が大きく堅牢です。一旦固まるとどんな化学物質をもってしても溶けない性質を持っています。一方で完成された漆器には、落ち着きのある優雅さがあり、質感としては「上品な温かさ」「ふっくら感」「しっとり感」「深み感」を感じさせますが、それは塗面の表面張力の大きさにより人の目にはこのように感じるのです。

 

最も特徴的なことは、漆器に塗られた漆はその後もまだ熟成が進んでいるのです。漆器は年月を重ねるにつれて次第に深みのある美しさを増してきます。

 

拭き漆

拭き漆の技法は、漆を何重にも塗り重ねる「本漆塗りの技法」とは異なり、木材が持っている柾目・板目などの素地の美しさや木目(道管)の自然な流れを際立てる日本古来からの素朴な塗り方です。
顔料を加えず、透明の漆液を塗って木地を生かす技法です。漆塗りの基本的な技法ですが、完成した拭き漆工芸品は本漆塗りの漆器と同じ特性を持っています。

 

まず木材に生漆を浸透させ木固めをします。乾いてからサンドペーパーで表面に立ち上がった繊維を削ります。
木はそのままだとどんなに丁寧に研磨しても表面の繊維を完全に削り取ることはできません。漆を塗ると水分で表層の繊維が立ち上がって固まり滑らかに削れます。その後は木地に生漆を塗り、均一になるように布で丹念に拭いて木に漆を染み込ませます。

この作業(生漆を塗っては拭き取り塗っては乾かすこと)を何度か繰り返して仕上げます。
何度も拭き重ねることにより木の持つ簡素な美しさと奥の深い味わいが生まれます。

 

この特性を活かした普段使いの漆器が拭き漆と一番相性が良いと言えますが、サラダボウルや菓子鉢にお花を生けても良いでしょう。
部屋の調度品としてもアイデア次第で用途は無限です。

拭き漆工芸品が静かに置いてある生活空間は「麗しい・潤い」そのものです。