拭き漆工房うたせ
拭き漆工房うたせについて

プロローグ

2012年07月22日 | コラム | Comment(0)

このコラム「フィリッピン旅行記(宝物探しの旅)」は、「私的な時間を使った経緯と結果」を記録したものである。この方が、HPの目的にかなっているじゃないか?と 勝手に解釈した訳である ^^/。 そして、ワーイワーイみんな読んで・・・・・! と、こんな感じでこれからの話を展開することにする。

 

さて今回、フィリピンのバギオまで「漆塗りの素材」を探しに行くことになったのであるが、それには、こんな背景があった。

 

拭き漆を本格的に始めてしばらくすると、「この素材(木地)に漆を塗ったらどうなるか?」の答えが少しずつ分かってきた。

その頃の素材と言えば、身近にある木材をオブジェ風に加工したものに漆を塗っていたのであるが、ある時、デザインの見本として、東京ビックサイトの催事場で三羽一組(大中小)になったスワンのバスケットを入手した。

 

そして、そのうちの一番小さいスワンバスケットを 「真似て」 自分で作ってみたのである。 素材は、アラスカ檜(スプールス)を使った。大きな角材から、鋸とノミ、カンナと金ヤスリを使って荒仕上げと完成するまで相当な時間と労力が掛かってしまった。

 

私の悪い癖で、これから、話があちこちに飛びますが、「Stay Tune !」、どうか皆さん、ついて来てくれることを切にお願いする次第です。

 

 スワンのバスケットを作る少し前に、木曽檜を使って魚のエイを2種類作った。このことは、「木曽檜」と「アラスカ檜」の比較が でき非常に楽しみであった。その結果は、やはり木曽檜の方 が漆になじむのか・・・、奥の深いそして落ち着きのある雰囲気を 醸し出した。

今も大物を作る素材として採用しているのはアラ スカ檜である。

理由は、費用対効果からです。

 

 

 

自分で彫り、塗ったスワンバスケットですが、漆を塗ってみると 出来栄えは思っていたよりも「Good!」。
でも、1羽作るのに3ヶ月もかかってしまい、2羽目はギブアップ してしまった。

この時、漠然と、東京ビックサイトで手に入れた 「スワンバスケットの素材が手に入らないかなぁ・・?」と、思った。
これがフィリピン行きの背景の一つ目。

ちなみ三羽のスワンバス ケットはフィリピン製で素材は松であった。

 

 またある時、自宅で使っていたサラダボウルを実験台として塗ってみた。

表面に分厚く塗ってあったウレタン塗料を剥がして、素材の 状態に戻してからの作業であった。これもかなり手間が掛かった が、この結果も「Good!」。

同じく市販されているアカシア材の サラダボウルを手に入れて、同じ方法で塗ってみる。

他の素材に 見られない複雑な文様と深みのある味が出て面白かった。

 

そういったことの回数と経験を重ねるうちに、この素材(木地)は、「何処でどのようにして作られているのだろう? その答えを見つけたら素材が手に入るかもしれない!」と思ったのが、二つ目の背景である。

後で分ったことであるが、それらのサラダボウルは全て ”Maid in Philippines” であった。

 

日本には、漆塗りの木地を専門に製造販売している業者がたくさんある。

商品は栃・欅・棗や木曽檜を使った食器や茶道具類が主で、品質は良いが値段も高くてなかなか手が出ないのが実情である。
私が手掛けた素材を資料・文献・ネットなどの情報をひも解いてみたら、出てきた答えは、

「松のスワンバスケットはフィリピン・イフガオ」、「アカシアのサラダボウルはルソン島北部のあちこちの都市」で生産されていることが判明した。

 

・・・そうだ、フィリピンへ行こう、フィリピンへ宝探しに!・・・・・・

と、なった訳である。

 

ルソン島北部の最大都市はバギオ・・・、まてよ!バギオには誰か、誰かいたんじゃ~なかったけっ? 少ない脳みそをフル回転させた。

エーッと、そうだ、テニスクラブの友人のお嬢さんがいた!
その方は、JICAやNGOでボランティア活動をしたあと、フィリピンの水がよほど合うのか行ったり来たり、日本よりも現地に居ることが長い方である。

 

現在は、ベンゲット州立大学Open University でCommunity Development コースの修士課程に籍を置いている。研究テーマは有機農業。自らも大学内で有機農業を実践しつつ、そのプロモーションに力を入れている。その一環として有機野菜を使ったちょっとした料理と有機豆コーヒーをサービスしたりオーガニック加工品、山岳民族の伝統工芸品販売するcoffee Shopの運営に関わっている。

 

この旅行記で、これから「M子さん」としてたびたび登場する。もしかしたら、主役? ^^;

 

M子さんがバギオの中心地バーンハム公園での催事(Art Project Baguio City)でCoffee Shopを出していた時、隣のブースには、Emileeさんが木彫スタチューと木工品のお店を出していた。また、その公園のテント・マーケットにはEmileeさんのお姉さんが常設の木工品のお土産物屋を営んでいる。

その時の「人と人との繋がりが縁」となって、言葉は悪いが芋づる式に今回の旅でお世話になる方々が、人脈構成となって来るのである。

Emileeさんはイフガオの出身。

その頃、バギオのAsin地区のWood Carvers Villageに工房を構えていた。

 

私がM子さん宛てに問い合わせメールを送ったのが、2011年3月07日。

その問い合わせに応えてくれたのが、3月09日、その中でEmileeさんのアドレスを教えてくれた。

Emileeさんに「初めまして・・・」と、メールを打ったのが、3月10日。 その返事が来ないうちに、忘れもしない2011年3月11日、「ドカン!!!」と大地震が来たのである。 津波で多くの方が亡くなり、福島原発が崩壊した。我が家も激甚大災害を認定してもらいたいほどの被害が出て、趣味の世界に没頭するどころではなくなってしまった。

 

2011年4月05日に届いたEmileeさんからメールにはこう書いてある。

“Hello I hope and pray that you are fine and praying for the recover of the people of Japan after that earthquake and tsunami. We offer you our praying…take care.”  Emilee

 

翌日の私の返信は・・・・・・・。

” I am fine thank you. Japan is still mourning for the loss of many life.

(途中省略)

Please wait until I draw up what shall I do next.” Akio

そして1年あまり、2012年4月01日、満を持してM子さんとEmileeさんへ、次のボールを投げた。題名は、「This is not April fool」。
すぐに「Welcome」の返事が来て「宝物探しの旅」が始まったのである。

 

 

登場人物はM子さんのほかは、ほぼ実名で出させて頂くことにする。

Emileeさん : 文中に前述
Esminさん : Emileeさんの姉・キャンプ7で木工所を経営する。
木工所の若者 : Esminさんの息子・木工所の跡継ぎ。
Mauraさん : Emileeさんの叔母、Asin地区で木工品の追加工をしている。
Santos : Emileeさんのご主人
Taguchi Sonokoさん : レストランCHAYAの日本人経営者
Taguchi Kenくん : Taguichi家の長男・大学生

 

その他、旅行記には登場しないがお世話になった方々がいる。
Taguchi家のご家族 : Taguchiご夫妻+3名のお子様
Taguchi家の下宿人 : Taisyo or HiroことYamanakaさん
CHAYAの従業員        :    大勢
北ルソン日本人会  : 代表Oguniさん
北ルソン日本人会  : マニラから情報を頂いたSasakiさん

 

この場で誠に申し訳ありませんが、お礼を申し上げます。

 

「大変お世話になりました。」

(プロローグ編 The End)


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