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8.キャンプ7

2012年08月24日 | コラム, 工房日記 | Comment(0)

8.キャンプ7

 

  このキャンプ7編ではプロローグで紹介した、EmileeさんとEsminさんが登場します。まずはこのコラムの切りだしも道路事情から。

 

2012/05/31、バギオから南西へ20kmくらい下った所にあるEmileeさんのお姉さん(Esmin)が経営する木工所を訪ねる。その付近をキャンプ7と呼ぶ。

「5.高原都市バギオ」でフィリッピンの軽井沢と紹介したが、軽井沢は高地にあっても平地がかなり広がっていて、貸し自転車であっちこっち行ける。バギオはどこへ行くのにも登るか下るかして、もしかしてその両方を使って目的地へ向かわなければならない。

 

私が知っている地理的環境は、箱根の仙石原と似ていて、隣町へ行くのには山をひとつふたつ越える感じで、自転車では少々キツイ。つまり仙石原にもバギオにも自転車が少ない理由である。

バギオからキャンプ7に行くのは、仙石原から宮ノ下あたりに降りるようなもの。その国道は結構勾配がきついが、キチンと舗装されていて、もちろん両側にはガードレールがあって、大型バスがすれ違う時でも何の不安もない。

 

  キャンプ7に行くには、ケノン道路を使う。この道も結構勾配がキツイ。ただしガードレースはありません。その先にバギオ飛行場とPhilippines Military Academyがあり、もっと下ると北ルソン島の北西海岸に至る。

南シナ海である。この道はバギオへ通じる主要道路のひとつなので、多くの車両が行きかう。ふと気がつくと、この道は他の道と出来が違う。コンクリート舗装なのである。

 

またまた閑話休題

バギオは(と言うよりかフィリピンは)アメリカが統治するようになるまでは未開発の国であった。1900年の初めのころバギオに至る道路建設で難渋したアメリカは、日本人の勤勉さに着目して、日本からの移民にその建設を託した。移民日本人は劣悪な労働環境のもと多くの犠牲者を出しながら1930年にその道路は完成。道路の名前はその建設責任者の名前をもって「ケノン道路」と呼ばれているが、現地では日本人が造った道路として認識されている。

 

 急坂にへばり付くようにしてその木工所はあった。

バギオからタクシーで20分、150P払った。日本円にすると300円くらい。そのタクシーは旧坂をUターンしてバギオへ帰る。近くの道路端にジープニーを待っている人もいたが乗らない。約1/10くらいでバギオへ行けるから。。。

下りからは空のタクシーがあえぎながら登ってくる。あれっ、ひょっとすると帰りはジープニーかな?とほほが緩む。一度乗りたかったからである。

でもジープニーも1時間に一本くらいの割合でしか来ないので、空のタクシーとどちらか早い方にするか!と決める。なんと言ったって無線がないから仕方がない。

 

 キャンプ7のその木工所は、テーブル・椅子・チェストを得意としている家具工房。その他、趣味の物(スタチュー)や大物の食器類を受注製造している。

ケノン道路からは、平屋建ての商品展示場所と右隣の最終仕上げ作業場しか見えない。ところが、その道路の谷側は断崖になっていて、表から見えていたのは3階部分。猫の額ほどの隙間に3段階構造の工場がへばりついている。

こちらでは、レストランCHAYAと同じように急斜面をうまく活用する建築が普及している。と言うよりか生活の知恵だと思う。

 

その木工所を訪ねた理由は、Emileeさんの工房が現在引越しの最中であって、そこでは見学も打ち合わせも出来ない、とのことでお姉さんの木工所を借りての打ち合わせをする手はずとなっていた。(これはM子さんとEmileeさんの設定。MnyTnx)

 

 Emileeさんのお姉さんはEsminさん。ルックスは似ていない。同じように持ち味も少し違う。Emileeさんは振る舞いに優雅さと品があってどっしりしている。一方、Esminさんは、頭がくるくると良く回り、ウイットに富んだその口からはジョークがポンポンと飛び出す。お二人が似ているところと言えばおしゃべり上手。このお二人にM子さんが加わると話が止まらない。

女3人寄れば・・・アワワワ・・・。

 

 出来上がった家具類はどれもシンプルなデザインで素朴な感じが良く出ていて好ましい。テーブルと椅子は直線が基調のがっしりした重い物。

塗装はサンディング・シーラーの上にウレタン塗装。チェストにはアクセントとして黒からこげ茶色に近いエボニーを使っているが、基本的には、素材の色をいかした明るい色合いに仕上げている。どこか身近で使っている家具だなぁと思っていたら、私がお世話になっているCHAYAのレストランのテーブルと椅子はこの木工所の作品でした。

従業員は5名ほど。「ほど」、としたのは、誰が従業員で誰が家族か分からない。なにか全員が家族といった雰囲気でおしゃべりをしながら和気あいあいと仕事をしている。

 

 話は3段階構造の工場のはなし。最下段に製材機械とルーター・プレーナー類の埃のでる機械が設置してあって、そこで作業する人は首から上をタオルや風呂敷?でぐるぐる巻きにして、その上にゴーグルをかける。砂漠でバイクを乗るようないでたちになる。実際に、ものすごい埃と木屑まみれになるのでこのスタイルにはうなずけるものがある。

 

中段には追加工する場所とサンディングをする場所となっている。最下段・中段から出た小さな木屑と埃は風に舞って外へ、そして下へ下へと向かう。

中段には工場と背中合わせをするようにお勝手があって、そこで皆でお昼を食べる。最上階には最初に紹介した展示場と塗装工場となる。

 

 この地区には上水道はない。上水は雨水をためたタンクの水を利用して、飲み水は例の丸いポリタンクに入った蒸留水。下水は!と言えば・・。

 

ここでは、上水も揚水も下水もサイホンの原理は使っていない。(U字パイプの水の位置が両端で同じになる原理。16項「トイレ事情」の章でくわしく解説する)。

すべての物はニュートンの万有引力の法則によって地球の中心へ向かって落ちる。下水もしかり。最下段にあるトイレはいわゆる、ボットン便所。物みな下へ下へ落ちる。

その下の谷間の緑が青々と茂っているところを、特とご覧あれ。

 

 

翌日はここで漆塗りのデモンストレーションをすることになった。

 

(キャンプ7 The End)

 


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